
彼らが東京へ戻って数日後に東京学芸大学で今年の交流プログラムについてのシンポジウムが開催され参加してきた。飯田での研修についてもしっかり言及してもらい、外から見たこの地域についての情報を得ることができた。それは飯田へ来る直前に訪れた金沢と比較して飯田に人が来るにはどうしたらいいかという提言であった。
交通アクセスについて
金沢では、かなり公共交通機関が整備されていて市内の移動は主にバスもしくは徒歩でした。金沢はコンパクトシティでもあり、どこへ行くにも距離が遠くないのが特徴でした。その一方で、飯田は東京からのアクセスは高速バスです。2027年に向けてリニア新幹線が整備されていますが、市内の移動がそもそも車が主だと外から訪れる人にはわかりにくいかもしれません。
英語表記について(説明も含めて)
英語を話す人や、英語での道路標識が必要、英語のガイドなどがあると、単に訪問するよりも意義のあるものになる。人々に飯田のイメージを持ってもらえるように広報活動をする。
例えば、金沢:金箔、兼六園などのイメージがありますが、飯田にはそこまで強いものがあるかどうか。イメージ戦略のため一つか二つに絞って外に打ち出す。例えば、飯田=自然、人形のイメージを確立するようなものをする。(またそのために伝統を残し、残すための新たなビジネスを作る)
まとめ
飯田が迎える変動について、姿勢として何が重要か
・飯田らしい人々の暮らしを保ちつつ、観光に力を入れる
伝統を守りながら一方で新しく多くの人を招くのは、両立が難しいものではあるが、そのバランスをどのようにとるのかが課題。ここでいう飯田らしさとは、目に見える伝統ではなく、内面の部分も含める。というのも、市の特徴として公民館活動(市民が積極的に市に働きかけをし、活性化させるという動き)がある。その側面はやはり他の大きな都市にはなかなか見えないものであるので大切にする。
そういった飯田のよさが伝われば、Iターンを増やすこともできる
Uターンではその過程(PRしていく上)で、市民が間に入っていくことが重要。
そこから今後、我々が事業を続けていくに当たっての課題が見えた。
・看板から人に至るまで、外国人訪問者への備えがなされていない
・公共交通機関が充実していないなりの移動手段の確保
・我々が大切に思っている伝統や文化の根拠(なぜ大切なのか)が見えてこない
などなど。すぐに手を付けられるものから時間のかかるものまで、様々な課題がシンポジウムで提示された。
事業を継続し発展させていくためには我々だけで解決できることは少ないように思われる。官民が一つになって大きな力となり取り組まなければならない課題が多く、公的機関や支援企業等と連携を取りつつ努力していかなければならないと改めて感じた。
また、学生たちから収集したアンケートに添えて、インターネット上にこの地域の発展についてのアイディアを載せてくれた日本の学生もいた。それは「日本に隠された宝物」と題され英語で書かれたコスタリカの事例に基づくエコツーリズムを推進すべきというBlog記事だった。コスタリカの事例を調べて納得し、さらにコメント欄でネパールでもそういった観光と環境保全を両立させる取り組みがなされていることを知り、偶然ながら日本の学生も来てくれて良かったと思った。
http://tunza.eco-generation.org/ambassadorReportView.jsp?viewID=43350&searchType=&searchName=&pageNumber=12
最後に私感を記してレポートを締めたいとおもう。
我が家にフランス人学生と一緒に泊まっていった日本人の女子学生はご両親の仕事の関係で国内外を転々と引っ越ししていたそうだ。フランス人の女子学生もいろんな国に住んでいたそうだ。だから「故郷」と言われても一体それが自分にとってどこなのかわかならないのだそうだ。だから飯田型キャリア教育の研修でUターンを推進する考えに(経済面はわかるが心情的に)共感しにくかったそうだ。
私が今回の事業を通じて一番印象に残っているシーンはそこだった。故郷と呼ばれる場所を故郷たらしめている要素とはなんなのか。そこへ辿り着いたときに感じる心象風景というものはどういう欲求を満たしているのか。それは、故郷です!と宣言するものではないはずだ。初日のパーティ会場のすぐ横を川がどうどうと流れ、唐松の林が木陰を作り、見上げればすぐそこに急な斜面の山がありそのまた奥にさらに山が連なり、そんな風景に触れてフランス人学生たちが『日本』を感じて喜んでくれたように、そういうものの延長線上か或いは隣に、わざわざ目指したくなる日本の田舎というものがあるのではないか。そしてまた、会いたくなる人という存在がそこにいないと、と思う。
我々が事業を通じてこの「故郷」を発展させたいという(純粋な或いは単純な)想いは、はっきりと故郷を持たない彼女たちのような人たちにはおいそれとは通じないのだろう。何か別の目的がありそれに利用されると考えたとしてもおかしくない。だとするとまず最初にあるべきは、この地域を故郷のように感じてもらうことなのかもしれない。それがあって初めて一緒にこの地域を発展させるようなアイディアを考えてもらえるようになり、我々にフィードバックが齎されるのだろう。
フランス語対応とパラレルでそういう人や街になれるような努力をしていかなければならないのだと、改めてこの事業が果てしない道のりであることを実感し、と同時に、それが実現された際には、持続可能な発展をしていける地域になるのだとおもった。

