
研修プログラムの詰めや支援金の手続きが直前まで続いており、あまりにもタイトな準備期間であったため、当日の現場は混乱状態であったことをまずはじめに記しておく。それでも前年10月に突如としてスタートしたこの事業がひとまずフランス人(学生)を受け入れるまでに辿り着けたのだから「ようこそフランスの皆さん」とテントや看板をトリコロールで設えこちらの気分も盛り上げて彼らの到着を待った。
ほぼ定刻通りに長野からの高速バスはバス停に到着し、出迎えの挨拶もそこそこに会場である妙琴公園へと搬送する乗用車へ分乗してもらう。初対面で顔と名前が一致しないのは当然だが加えて言葉の壁も高く聳えているため日本人を相手にするよりは全員乗り込むまでに多少時間がかかったように思う。車中、飯田へ来る前に立ち寄ってきた金沢の話などを聞きながら会場へ向かう。皆一様に移動に疲れた顔をしており期待値が低そうで少し安心した。初年度なので。
会場に着くとまだ慌ただしく準備を進めている最中で、そのまま設営の手伝いに回ったので学生たちの様子がどうだったのかわからなかったが、自己紹介の際に「こんなに素敵な場所でウェルカムパーティーをしてくれてありがとう」というようなことを言っていたので、金沢の兼六園へ行ってもなお、さほど人の手の入っていないささやかな公園でも喜ばれるのだと、この街に残る自然の風景について少し誇らしく思えた。

やがて乾杯の後にバーベキューが始まり、それぞれがそれぞれに楽しんでいるように見えた。懸案だった自家製ガレットや自分が仕込んだラタトゥイユをフランス人が食べて「おいしい」と言ってもらい個人的にその時点で感無量の大団円だった。
フランス人学生の何人かは日本語を話すことができ、ついつい彼女たちに話しかけてしまう。この心理は鏡のようなもので、逆に自分がフランス語を操ることができたなら日本語しか話せない人より多く話しかけてもらえることだろう。当たり前のことながらバベルの塔の寓話が示す通り言葉の壁というものは国民性や生活習慣よりも前に、最初にクリアすべき課題なのだと痛感した。

宴も酣になった頃、パーティーを閉会し入浴のために砂払温泉へと再び乗用車数台に分乗する。フランス人学生の入浴マナーについて懸念していたのだけれどもそれは杞憂に終わった。ほっておいても身体を流して(むしろ洗ってから)浴槽に入るしタオルは湯船に入れないし泳がないし飛び込まない。ちゃんと我々日本人の行動を見ながらそれに倣って行動していた。これはこの時(温泉)ばかりではなく、日常のあちこちに起こりうるもので郷に入れば郷にという場面では郷の者として規範となる振る舞いが必要となる。これも当たり前のことだけれども改めて感じたことだった。
砂払温泉を出て、風越山麓研修センターまで学生たちを送り届けて初日が終了した。パーティ会場の片付けの様子を見に戻るとすっかり片付け終わってはいたけれど疲労困憊といったテイでスタッフが道端に寝転がっていた。けれども表情はみな充実した顔をしていていた。ウェルカムパーティに参加してくださったゲストの方々やスタッフのみなさんがフランス人学生(や東京から来た日本人学生)との直に接触して全員が軽い興奮状態というような面持ちだったことを帰り道に思い返して、きょうここでフランス人と飯田下伊那の市民との邂逅が自分たちの手によって為されたのだなと感慨深いものがあった。

